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明け方、足下のひんやりした空気で目覚め、思わずタオルケットを胸まで引き寄せました。ここ、南九州でも確かに秋がそこまで来ています。 夜は夜で、エアコンも扇風機も必要としません。 そんな初秋の夜を、久しぶりに新南風初期会員の八重さんの著書「島住み」を読み返してみましたら、新しい発見がありました。 歌集の中に「南薩を往く」という稿があり、今、私が住んでいる南さつま路を謳った短歌がありました。以前にも読んでいるはずですが、今日は新鮮に味わうことができました。 エリカ咲く湯の元の友の袱紗ずし さつまの春の草々が香る 春なれば登りかまどは閉ざされて 沈寿官茶室に香焚くらしも 支那海の果てに連なる坊の津の 切り岸に謎めく覗き窓見ゆ 密輸金載せし秤か手に語る 媼一代記暗く聞きにし 公達のすさびの名残りか川辺の 桜並木に磨崖のみ仏 コスモスの揺れ咲く駅に別れ来し 療養の友を北薩に残し 桜島紫煙に霞ませみんなみは 台風という二日の船待ち 風過ぎて旅ねの窓の降灰(よな)拭けば 沖風に鳴る汽笛明るし 3・4首目は密貿易の坊津を謳っています。これらの歌があらためて身近に感じました。 6首目の「療養の友」は私の父のことではないかと、今まさに思えてきました。八重さんが北薩の療養所へ父を訪ね来てくださったことは以前に本ブログで触れました。(前回の八重さんに関する記事は下記URLをクリックすると見ることができます。) http://6543.at.webry.info/200709/article_26.html 八重さんが南薩を旅したのは草々香る春であり、北薩を旅したのは昭和31年のコスモスの咲く秋でしょう。南薩の旅には心のゆとりが感じられ、昭和50年前後の旅ではないでしょうか。著書編集の際に昔の北薩の旅を思いだし、3首を追記したのではないでしょうか。「島住み」は昭和57年発行です。 今朝の秋水豊かなる加世田川 一掃きのフロントグラス今朝の秋 丹念に納豆こねる今朝の秋 ゆうと 納豆は冬の季語ですが、お許しを。 |
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