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新南風俳句会は、昭和35年の発足当初の2年間ほど 角川源義主宰の「河」の奄美支部のような形態をとっていました。それは、主宰の脇野素粒が「河」同人であったということに拠ります。従って、私の父も暫くは河の俳誌を購読していました。俳誌「河」の表紙の河の太文字は、私の小学生時代の思い出の一つでもあります。 (赤のまま) 「河」は源義亡き後、息子の春樹に継承され「魂の一行詩」をテーマに掲げて今でも続いています。春樹は才能に恵まれ、出版界、映画界、文学界で活躍しています。(一時期、塀の内側でも活躍ししたようですが) 最近の春樹の作品には父を恋う句が多いようです。最近の作品から紹介します。 わが胸に父を蔵せり赤のまま 帰らざる父待つ駅の赤のまま 父消えし沖の海鳴小六月 枯葉舞ふ彼方に父の椅子がある 父といふ火宅の人の端居かな 春樹 若き日の春樹は父源義の出棺のときに、生前に源義が好きだった赤とんぼの唄を声を振り絞って唄ったといいます。その父の七回忌のときの句です。 赤とんぼ七歳(とせ)過ぐるおらびごゑ 春樹 若くして自殺した妹「真理」を詠んだ句です。 亡き妹の現(あ)れて羽子板市なるや 春樹 今日、ある本により歌人の辺見じゅん(現在NHK短歌の選者)が、春樹の姉になることを初めて知りました。それもあって角川春樹の句に触れてみる気になりました。 【赤のまま】:野原や道端に生える犬蓼(いぬたで)の花。夏から秋にかけて、多数の紅紫色の粒状の花が3cmくらいの花穂をなして枝先に群がりつく。女の子がままごとに赤飯としてつかうところから「赤のまんま(まま)」という名前がつけられた。 水に漬けし餅の減りゆく寂しさよ みたりほど単身赴任の新年会 ゆうと |
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ゆうと様 PCは、大丈夫ですか?先日来春行士様の件大変お世話になりました、『角川春樹』の御父上への慕情が、手に取るように、解りました、ゆうと様も矢張り御父上の、影響が、大きいですね、物心つかぬ、頃の親の、影響は、やはり、しがみついて、離れないもの、が、有りますね、親の、無償の、愛、今は、余りにも、忙しすぎて、子供に、振り向ける、時間を、持てない、人も、まま、大きくなる、子は、可哀想に、思います。 |
射手座 2009/01/10 10:25 |
射手座さん、こんばんは。PCの方はこの2〜3日静かです。暫く戦闘休止です。イスラエルとパレスチナではないですが、PCと私は良好な関係を続けたいものです。(笑)・・・日本列島が寒波に覆われていますが、くれぐれも無理をなさらずご自愛下さい。 |
ゆうと 2009/01/10 21:29 |
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